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売春婦に対する差別
売春に関するブログの記事を読んだ。
売春婦を差別しないという人間の欺瞞
世の中にはいろんな考え方の人がいる。
ブログを読んで、売春について、ちょっと自分の思ったことを書いてみる。
売春=愛のないセックス
本当に相手のことが大好きでとても執着していたら、相手を独占したいと思う。
「愛する」という言葉は、綺麗事を抜きにすると、対象に対する執着→独占欲求→妨害する人への怒り、で構成された心の働きを示す言葉である。(その他の意味を表現するときにも、使われる言葉ではあろうが。)
独占したい相手が、他人とセックスして独占できない場合は、浮気行為に対する怒りや、独占できないことに対する落胆が伴う。
フリーセックスが理想の人は、セックスの相手を独占したいとは思わないのだろうか?
独占したいとは思わないということは、言い方を変えれば、激しい執着、独占欲求が発生するまでには至っていないだけだろう。
私にとって、相手を独占できないようなセックスは価値のない行為である。
売春もフリーセックスも不要である。
相思相愛の相手と行なうセックスの方が、快感が大きいし、得られる満足も大きいと思う。
最低限でも、
・相思相愛であること
・相手を独占できること
この二つの条件がないセックスは、価値がないものである。
相思相愛の恋人や妻が、一人ではなく、たくさんいるのはOKだと思う。
ハーレムや大奥のように、セックスの対象を独占できるということが重要である。
こうしてみると、男って本当に身勝手な生き物ですね。(笑)
=「俺(男)は、たくさん恋人を持っていても良いけど、お前(女)はダメ」だと。
昔、ソープランド嬢と結婚した作家の記事を読んだことがあったが、作家の名前は忘れた。
生島治郎
検索したらヒットしたが違う人だったように思う。
その作家は、フィリピン人のソープランド嬢と結婚した、という話だったように記憶している。
アジア圏の女性で、家庭が貧しく家族の生活を支えるために、売春婦になる人がいるらしい。売春で稼いだ金を家族の生活のために使うのだという。
そういう貧乏な女性たちは、売春以外の仕事に就いて同じ金額の収入を得られるとしたら、果たして売春婦になるだろうか?
売春は、セックスが大好きで相手が誰でも構わないという女性にとっては、楽しい仕事かもしれない。=好きなことをやって金も得られるから。
しかし、好きな人としかセックスをしたくない女性にとっては、売春は金を得るための肉体労働であり、苦痛なのではないだろうか?
強姦やレイプによって、好きではない男性とセックスをさせられた女性が、相手の男性を犯罪者として告発する事例が0件ではないことを鑑みると、好きではない人とセックスをするのが苦痛と感じる女性は存在するのである。
この世の中には、射精やオーガスム等のセックスによる肉体的快感を求める人をターゲットにしたビジネスがいろいろある。
売春婦は、愛のないセックスを提供する人である。
売春婦を買う男もまた、愛のないセックスしか得られない。
そこには、一時的な肉体的快感はあるが、心は満足できない。
肉体的快楽に対する「中毒」を材料にしたビジネスなのだ。
セックスボランティアという仕事もあるが、無料ではなく有料の場合があるらしい。安いデリバリーヘルスみたいなもんだという。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104690015/
売春婦は、男の精液を膣で受け止める「肉便器」だという表現がある。
ウンチやオシッコ等の汚物と呼ばれるものを受け止める便器と同様に、男性のチンポから出る精液を受け止める女性は、肉体で出来た便器、すなわち「肉便器」であり、汚物の付着する汚らわしい存在というのである。
さらに、エイズ患者の男性とセックスをしてエイズをうつされた売春婦は、エイズの病巣となり、「バイ菌」である。
このように売春婦を「肉便器」「バイ菌」であるという見方が、売春婦に対する差別意識、見下す意識であるとしたならば、売春婦に対する差別意識というものは、世の中に存在していると思う。
売春婦は、独占欲求のない男性となら、うまくカップルになれるのではないだろうか?そういう男は、浮気は当たり前に行なうだろうが。
売春婦は、独占欲求のある男性とカップルになるのは無理。
売春婦が、浮気ばかりする男と付き合えても、それでは幸せになれないとしたら、売春はやめた方が良いと思う。
もし、私の周りで売春婦をやっている人がいたら、
「他でもない自分の幸せのために、売春はやめよう」
と言うだろう。
売春をやっていて、他人に迷惑をかけず、自分は幸福であると言う人がいたら、それはそれでOKなのかもしれない。他人がどう言おうと、少なくとも本人は納得してんだろう。
傲慢な態度かもしれないけど、他人がどう言おうとも自分の考え方が明確で、自分の中に一切の揺らぎや不安定な感情が生起しないなら、別に他人の言うことなんて気にしなければいいだけの話だ。
軽蔑や差別意識を向けられても、世の中にはそういう考え方をする人もいるんだと、軽く受け流せば良い。
ないものねだりはできない。
人は自分のやったことしか受取れない。
売春婦が幸福になっても不幸になっても、それは当人のなした結果以外の何ものでもない。
売春婦を差別しないという人間の欺瞞
世の中にはいろんな考え方の人がいる。
ブログを読んで、売春について、ちょっと自分の思ったことを書いてみる。
売春=愛のないセックス
本当に相手のことが大好きでとても執着していたら、相手を独占したいと思う。
「愛する」という言葉は、綺麗事を抜きにすると、対象に対する執着→独占欲求→妨害する人への怒り、で構成された心の働きを示す言葉である。(その他の意味を表現するときにも、使われる言葉ではあろうが。)
独占したい相手が、他人とセックスして独占できない場合は、浮気行為に対する怒りや、独占できないことに対する落胆が伴う。
フリーセックスが理想の人は、セックスの相手を独占したいとは思わないのだろうか?
独占したいとは思わないということは、言い方を変えれば、激しい執着、独占欲求が発生するまでには至っていないだけだろう。
私にとって、相手を独占できないようなセックスは価値のない行為である。
売春もフリーセックスも不要である。
相思相愛の相手と行なうセックスの方が、快感が大きいし、得られる満足も大きいと思う。
最低限でも、
・相思相愛であること
・相手を独占できること
この二つの条件がないセックスは、価値がないものである。
相思相愛の恋人や妻が、一人ではなく、たくさんいるのはOKだと思う。
ハーレムや大奥のように、セックスの対象を独占できるということが重要である。
こうしてみると、男って本当に身勝手な生き物ですね。(笑)
=「俺(男)は、たくさん恋人を持っていても良いけど、お前(女)はダメ」だと。
昔、ソープランド嬢と結婚した作家の記事を読んだことがあったが、作家の名前は忘れた。
生島治郎
離婚後に韓国籍のソープ嬢と再婚し、その体験を自ら小説化(片翼シリーズ)して話題となったが、後にやはり離婚した。
検索したらヒットしたが違う人だったように思う。
その作家は、フィリピン人のソープランド嬢と結婚した、という話だったように記憶している。
アジア圏の女性で、家庭が貧しく家族の生活を支えるために、売春婦になる人がいるらしい。売春で稼いだ金を家族の生活のために使うのだという。
そういう貧乏な女性たちは、売春以外の仕事に就いて同じ金額の収入を得られるとしたら、果たして売春婦になるだろうか?
売春は、セックスが大好きで相手が誰でも構わないという女性にとっては、楽しい仕事かもしれない。=好きなことをやって金も得られるから。
しかし、好きな人としかセックスをしたくない女性にとっては、売春は金を得るための肉体労働であり、苦痛なのではないだろうか?
強姦やレイプによって、好きではない男性とセックスをさせられた女性が、相手の男性を犯罪者として告発する事例が0件ではないことを鑑みると、好きではない人とセックスをするのが苦痛と感じる女性は存在するのである。
この世の中には、射精やオーガスム等のセックスによる肉体的快感を求める人をターゲットにしたビジネスがいろいろある。
売春婦は、愛のないセックスを提供する人である。
売春婦を買う男もまた、愛のないセックスしか得られない。
そこには、一時的な肉体的快感はあるが、心は満足できない。
肉体的快楽に対する「中毒」を材料にしたビジネスなのだ。
セックスボランティアという仕事もあるが、無料ではなく有料の場合があるらしい。安いデリバリーヘルスみたいなもんだという。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104690015/
セックスボランティア
河合 香織 (著)
売春婦は、男の精液を膣で受け止める「肉便器」だという表現がある。
ウンチやオシッコ等の汚物と呼ばれるものを受け止める便器と同様に、男性のチンポから出る精液を受け止める女性は、肉体で出来た便器、すなわち「肉便器」であり、汚物の付着する汚らわしい存在というのである。
さらに、エイズ患者の男性とセックスをしてエイズをうつされた売春婦は、エイズの病巣となり、「バイ菌」である。
このように売春婦を「肉便器」「バイ菌」であるという見方が、売春婦に対する差別意識、見下す意識であるとしたならば、売春婦に対する差別意識というものは、世の中に存在していると思う。
売春婦は、独占欲求のない男性となら、うまくカップルになれるのではないだろうか?そういう男は、浮気は当たり前に行なうだろうが。
売春婦は、独占欲求のある男性とカップルになるのは無理。
売春婦が、浮気ばかりする男と付き合えても、それでは幸せになれないとしたら、売春はやめた方が良いと思う。
もし、私の周りで売春婦をやっている人がいたら、
「他でもない自分の幸せのために、売春はやめよう」
と言うだろう。
売春をやっていて、他人に迷惑をかけず、自分は幸福であると言う人がいたら、それはそれでOKなのかもしれない。他人がどう言おうと、少なくとも本人は納得してんだろう。
傲慢な態度かもしれないけど、他人がどう言おうとも自分の考え方が明確で、自分の中に一切の揺らぎや不安定な感情が生起しないなら、別に他人の言うことなんて気にしなければいいだけの話だ。
軽蔑や差別意識を向けられても、世の中にはそういう考え方をする人もいるんだと、軽く受け流せば良い。
ないものねだりはできない。
人は自分のやったことしか受取れない。
売春婦が幸福になっても不幸になっても、それは当人のなした結果以外の何ものでもない。










